ニュースレター 2023年
ニュースレター (2)アルツマー型認知症の新研究発表
最近、急にアルツハイマー型認知症(以下ADと略す)に関する英文医学論文の出版が増えています。
例えば、肥満と認知低下の関係や睡眠時間、運動量と認知の関係、さらには、腸内細菌と認知症など、とても気になる論文が多いです。
また、今年(2023年)7月19日に行われたAAIC(アルツハイマー協会国際会議、Alzheimer’s Association International conference)で数多くの新研究発表がありましたので、少し紹介いたします。
筋肉細胞内の脂肪量と認知の関係ですが、70歳代の1600人において、10年以上の経過を追って、認知との関係を研究しています。その結果、筋肉内に脂肪が増加すると、急激に認知の低下がみられています。(Journal of the American Geriatrics Society, 6月7日付け)また、イギリスUK Biobankの45万人のデーター分析と、さらに別の32万人からのデーターを使い、そのうちの26万人で、ADを持つ群とADを持たない群の遺伝子を比較すると、認知症がない群で、圧倒的に脂肪が少ない筋を持つ群が多くいました。これは遺伝因子の関与の研究ですが、明らかに健康的な生き方をして、脂肪組織が少ない方が、認知症になりにくいことを示唆しています。(BMJ Medicine6月29日)
次に、睡眠時間と運動量と認知の関係ですが、これもイギリスのUniversity College Londonの研究で、Lancet Healthy Longevityに発表されたものですが、9000人近い老人、8958人を、2008年から2019年まで10年以上追跡した研究です。年齢は50歳から95歳まで、2年ごとに面接し、認知の検査をしています。運動をしている群と、していない群と2郡に分け、また、睡眠は6時間以下、6-8時間、8時間以上の3分しています。これらのデーターを統計学的に分析し、睡眠と運動はそれぞれ独立して認知機能に関連していることがわかりました。睡眠時間では、短くても、長すぎてもよくなく、6時間から8時間以内が最も認知症になりにくいという結果でした。
運動量では、運動量が多いほど、認知症が少なく、またいくら運動量が多くても、睡眠時間が少ないと、認知症になりやすいという結果でした。さらに、睡眠時間が少ない人が運動量が多いと10年後には急激に認知症が悪化しています。男女差はほとんどありませんが、男性では長時間睡眠群でも、運動量が多い群で、認知がよかったようです。やはり睡眠時間を6から8時間を保つことがまず大切で、運動量も多い方が、認知を保つことに良いようです。
次に、腸内細菌とADとの関連ですが、これを理解するためには、その前に、まずバイオマーカーについて説明します。研究の方法としてバイオマーカーを使用しているためです。また、このバイオマーカーは今後飛躍的に発展するからです。
現在のADの診断は、まず症状と認知症検査の臨床的結果から疑い、次にMRI,そしてPETスキャンをして画像で確定診断をしています。しかしMRIとかPETは高価ですので、せき髄液を取り、その分析で確定診断をすることが、現在進行中です。
例えば、脊髄液中の神経シナップス由来のNPTX2はダウン症候群、遺伝性前頭側頭型認知症で低く、ADでも低下しており、軽度認知症(MCI)患者では、発症7年以上前に将来ADになるか否か予測できそうです。(Annals of Neurology, June 22, 2023)
しかし、脊髄穿刺をして髄液を取ることは、とても痛く、つらく、手間と時間がかかることです。そこで、現在通常の血液検査でできないか、多くの研究者が発表し、しだいに血液検査、それも血糖値検査と同様に、指先を少し針で刺し、わずかの血液を紙に取るだけで、確定診断ができる方法などが発展しました。すなわち血液内にある色々なマーカー物質を見つけて確定診断をする方法です。
その結果、1. Neurofilament light (NfL), 2. Glial fibrillary acid protein (GFAP), 3. Phosphorylated tau (p-tau)の3つと、4. P-tau 217 ratio, 5. A beta42/A beta40 ratioなどが、有力候補となってきています。無数にある候補のなかで、現時点ではこれらが有力候補です。あと数年すれば、しだいに候補者が絞られてくると思います。すなわち、簡単に自宅で自分で検査ができ、郵送すれば、その後、自宅に確定診断が送られてくる、あるいは医院で採血という時代になりそうです。マーカーの利点は検査法が簡単であることの他に、認知症発症の数年前、あるいは数十年前に発見でき、食事、運動、睡眠、知的活動、社会活動などの日常的生活の改善を実行し、予防可能なことですし、今後は認知症の治療が点滴ではなく、錠剤になることが予測されていることです。
さて、バイオマーカの話が長くなりましたが、腸内細菌とADとの関連について次に話します。
腸管中の二つの細菌、Neuroprotective Bacteriaと呼ばれるButyricicoccus とRuminococcusとが、脳内アミロイドベーターとタウと相関があるという研究結果です。これらの細菌はButyrate-Produce Bacteria酪酸菌とも呼ばれ、神経細胞保護作用があるとされています。これらの細胞が腸管内で減少すると、腸管の物質透過性が増し、脳内のtoxic metabolitesであるアミロイドベーターとタウが増加することがわかりました。この研究はUS National Institute of Healthによる研究です。
最後に、経口薬の開発のお話をいたします。
タウの凝集・蓄積を抑制する経口薬で、HMTM (hydromethylthionine mesylate)と呼ばれ、認知症のバイオマーカーを減少させることを示す第三相試験、Lucidity (Phase 3)の結果です。MCI患者に一年半使用され、服用量は毎日16mg。NFL が1年で93%減少し、beta-tau181も減少しています。同時に、化学構造が似たMTC (methylthioninium chloride)も試験されており、同様に改善していました。またHMTM
では、毎日16㎎と8㎎との比較研究もされました。症例数がまだ少ないですが、今年の末にはLucidity2年経過発表が期待されています。
その他、数多くのADと認知症の研究発表が最近されています。今回の報告の多くは2023年7月19日におこなわれたAAIC (Alzheimer’s Association International Conference) 2023からの引用です。
文責:吉田清和 MD, PhD
ニュースレター (1)認知症治療薬
2023年1月に米国FDAがアルツハイマー病(以下ADと略す)新薬を迅速承認したニュースが世界に広がりました。また同じ時期に米国の医学雑誌NEJMでもその研究結果が発表されました。やっと良い薬が出来、希望が膨らみかけていた矢先、2023年3月に別の医学雑誌Neurologyで新薬である抗アミロイド抗体薬で脳の萎縮が促進する可能性があるという批判的な論文も発表されました。
そこで今回、いったい抗アミロイド抗体薬とは、どのような薬で、どれくらい効果があり、どんな副作用があるかなど、現在(2023年4月現在)知られていることをすこしお伝えします。
最近の20年間で、ADの原因物質がアミロイドであり、この物質の形成過程はアミロ
イド・カスケード仮説(最初はバラバラの単量体アミロイドベーター、その後それ少
数連なり、その後プロトフィブリンとなり、さらに大きく連なり、アミロイド線維となる過程)といわれています。以前から認知症の脳内には、老人班が神経細胞外に存在し、この物質がアミロイドであることがわかっており、その後、神経細胞内にタウというアミロイドに似た物質がみられ、認知症とアミロイドの関係の研究が強力に進められました。これらはアミロイドタンパクと言われ、ADはこのタンパク形成が増大したか、あるいは除去する過程が低下した状態ではないかと想像されていました。また、ADの診断も、症状や脳のアミロイドPETCT画像のみでなく、脳脊髄液内や、血液内の各種物質を測定し、診断する試みが発展しました。
その結果、このアミロイドタンパクはまず、プロフィブリンという、水溶性の分子量が小さい物質が次第に質量が大きくなり、老人班という不溶性で大きな質量になり、タウ・タンパクになることが判明してきました。その結果、認知症の症状が出る15年から20年も前に、すでにアミロイドタンパクが徐々に形成され、増加していくこともわかり、予防、早期の発見、早期治療の可能性、そして、いったん形成されたアミロイドを除去する方向へと研究が飛躍的に進みました。
2022年、6月エーザイとバイオジェンが米国で開発したアヂュカヌマブが第一号で
した。疾患修飾薬として神経細胞の死を遅くすることが期待されていました。臨床試験で効果が見られましたが、効果があまりなく、逆に副作用が危険ということで、日本では認証が見送られました。この薬は不溶性の老人班を除去するものです。
そして今年、さらに第二号として、レカネマブが米国で承認されました。抗アミロイド
ベーター抗体薬ともいわれています。第一号も第二号もともにアミロイドタンパクに対
する抗体で、特異的に結合(鍵と鍵穴の関係)し、その後アミロイドタンパクは破壊されてしまいます。すなわち減少してゆきます。その結果、レカネマブでは症状の悪化抑制に27%ほどの効果があるといわれています。また介護負担度にも軽減効果がありました。副作用としてかなり高率にアレルギー反応が出現し、発熱、呼吸困難などがあります。
最も危険な副作用は、ARIA(Amyloid-related imaging abnormalities)という脳浮腫(ARIA-E)12.6%と脳出血(ARIA-H)17.3%の出現率です。かなりの高頻度です。これはアミロイドは脳内血管にも沈着しており、これらも除去されるため生じると考えられています。また前述したように、脳の萎縮を指摘されており、現在精査中です。
次に薬の費用が大きな問題点です。アヂュカヌマブは年間数百万円、レカネマブも同様に数百万円と超高価です。保険で半額になることが期待されていますが、それでもまだ高価です。
現在のところ、これらは点滴薬であり、錠剤はまだ出来ていません。自己注射ができる皮下注射が期待されています。参考資料として、2023年1月25日、東大教授、岩坪威先生の日本記者クラブでの講演をお勧めします。
(文責:吉田清和, MD, PhD)
米国中西部の3大学医学部で米国医師のレジデント教育をほぼ20年間行う。
日本では関西医大リハビリテーション科教授、
帝京大学医学部整形外科・リハビリテーション科助教授。整形外科専門医(日)、
リハビリテーション専門医(日、米)
六郎オーグ顧問医師